以下、目次となります。
現在の大統領選の状況
米国の大統領選挙は投票日(11月3日)まで、1か月を切りました。トランプ大統領は、新型コロナウイルスの検査で陽性になったことで大規模な集会を中心とする選挙戦略の見直しを迫られており、世論調査でリードするバイデン前副大統領が勢いをつけるのか、それともトランプ大統領が巻き返しを図ることができるかが焦点になっています。
①新型コロナウイルスの感染再拡大のペース
感染再拡大については、米国の専門機関によると、11月に向けて新規の感染が再度増えると予想しており、トランプ大統領にとっては厳しい展開になりそうです。
トランプ政権は、感染収束のカギを握るワクチンの開発を重要視しており、迅速なワクチン開発により、2020年末までに供給体制を構築することを目指しています。しかしあまりに早急なワクチン開発には、安全性への懸念も聞かれます。
②黒人差別の抗議活動・暴動の拡大の程度
2020年5月25日、ミネソタ州の最大都市ミネアポリスで、黒人男性のジョージ・フロイド氏が白人警官に殺害される事件が発生し、これをきっかけに全米の多くの都市で抗議デモが行われています。
デモは、「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」を合言葉として、米国史上最大級の運動に発展しています。人種差別問題への関心の高まりは、黒人層の支持を受けるバイデン候補に有利に働くとみられています。しかし当初、平和裏に行われていたデモ行進は、一部が暴徒化し、店舗を破壊し略奪行為を行うなどの事態に発展しました。
こうした状況に、トランプ大統領は、急進左派が運動を扇動しているとして、「法と秩序」を前面に打ち出し、治安の悪化を懸念する有権者の支持を獲得しようとしています。
③米国郵政公社の郵送投票への対応
公営である郵政公社は赤字体質で長年、経営の構造改革が必須とされてきました。近年は、街中のポストが削減されるなどコストを圧縮する改革が進み始めています。
もし更なる事業縮小となると、大統領選挙での不在者投票や郵送投票に支障が及ぶ可能性があります。過去、投票率が高まると民主党に優勢となる傾向が強く、今回の場合、コロナ過で投票所に行く気持ちにならない人も郵送投票によって投票に参加でき、民主党にとって有利となります。
これに対しトランプ大統領は、「もし郵送投票が増えれば、投票資格のない有権者が投票する詐欺行為が増え、選挙結果は無効になる」という発言を繰り返しています。
それは、大統領選挙の1か月前の10月に選挙戦に大きな影響を与えるサプライズ(出来事)が起こるという「オクトーバーサプライズ」が信じられているからです。
前回の大統領選挙でも、選挙直前の10月28日にFBI長官が民主党候補のヒラリー・クリントンの国務長官時代の私用メール問題で新証拠を発見し再捜査すると発表し、それまで10ポイント以上支持率が上回っていたクリントンは劣勢に立たされ、その結果選挙はトランプ候補の当選につながりました。
今回の選挙では、10月1日にトランプ候補が新型コロナウイルスに感染し、入院しましたが、これがまさしく「オクトーバーサプライズ」と言われ、トランプ候補にとっては致命的と思われましたが、病院を3日で退院し、ホワイトハウスに戻りました。トランプ候補の退院は、危険を覚悟して選挙戦に復帰し、新型コロナウイルスと戦う強い指導者の姿をアピールする狙いがあると見られます。
現時点での世論調査の結果を見る限りでは、トランプ候補は劣勢ですが、激戦州の中でも差を縮めている州もあり、大統領選挙の当日まで目の離せない展開が続くことが予想されます。
大統領選のシステム
①大統領選挙の時期
大統領選挙が実施される時期は通常4年に1回です。正確には、うるう年の11月第1月曜日の翌日の火曜日に行われるとされています。今回は2020年11月3日(火)となっています。選挙戦自体は毎年2月頃から行われ、約1年に上る長期戦です。マラソンにも例えられ、完走するためには莫大な資金が必要となります。
②選出方法
選挙方法は日本と同じ間接選挙方法です。しかし、システム上実質的な直接選挙の側面も持っており、民意がダイレクトに反映される傾向にあります。そのため、TVCMやWeb広告などの大衆向け広告やTV討論会など一般の国民にメッセージを発します。この点は日本との大きな違いといえます。
ⅰ大統領候補の指名
大統領選では、最終的に民主党、共和党それぞれの候補者が一騎打ちを行います。つまり、各党の候補者を絞り込む必要があり、およそ半年がこのステップに費やされます。このステップでは、各党の党員が代議員を選びます。
代議員は事前にどの候補者を支持するかを表明します。代議員は各州の人口比率によって割り当てが決まっています。代議員の選び方は、予備選挙と党員集会の2種類があります。
予備選挙はその名の通り、選挙方式で代議員を選出する方法で、多くの州で採用されています。党員集会は、地域コミュニティ単位で集会を行い、議論を通して代議員を選出する方法です。代議員の選出が終わると、各党の全国大会で大統領候補を投票で選出します。
ⅱ本選挙
全国大会を経て正式な各党の候補者となった後は、テレビ討論会などを行い国民の支持を獲得しに行きます。そして、大統領選挙当日に全米で一斉に投票が行われます。投票は、国民が選挙人に投票を行います。
選挙人の数は全国で538人ですが、その中でまず各州に2人が割り当てられ、残りが人口に応じて各州に割り当てられます。一番人口が多いカリフォルニア州は55人、逆に人口が少ないモンタナ州は3人です。代議員選出同様に選挙人は支持する大統領候補者を事前に表明しています。そのため、実質的な直接投票になります。
ただ、州ごとに選挙人の総取りとなるため、投票数の多い候補者が必ず当選するとは限りません。したがって、大統領候補者は選挙人すべての支持を得るのではなく、過半数を獲得できる州の組み合わせを取りに行くことになります。
つまり、必然的に選挙人の多い州が激戦区になります。その結果、選挙人の勝者総取り方式で最も選挙人を集めた候補者が晴れて大統領となります。
大統領選の結果と日本への影響
①トランプ候補が勝った場合のメリット、デメリット
トランプ候補が再選した場合、アメリカの「一国主義」が加速することは間違いないと見られます。アメリカは内向きになり、世界から切り離されるという見方で、アジア最大の同盟国である日本にとっては、厄介な問題といえます。
安倍首相がトランプ大統領と良好な人間関係を築いたことで、アメリカの圧力を多少なりとも和らげることはできましたが、アメリカでは、パリ協定やイラン核合意、TPP、世界保健機関からの離脱等が押し進められました。
在日米軍駐留経費の日本側負担増額の要求も続いていると見られます。トランプ候補は、貿易摩擦や安全保障で一方的に損をさせられてきたと考えており、再選後の日米貿易協定の再交渉では、車などの対立の大きな品目が対象になり、日本にとって厳しい交渉が予想されます。
先月就任した菅首相の外交方針はまだ明確ではなく、安倍政権の継承を訴える一方で、首相自身は実利主義であり、余り大げさな振る舞いは好まないようにも見えます。したがって、トランプ候補の大胆なパフォーマンス戦略は菅首相と相容れない部分があり、両首脳の関係はよりドライなものになる可能性があります。
トランプ大統領は引き続き対中強硬路線・封じ込め路線を取ると思いますが、自民党内での中国に対する温度差があることから、菅首相は対応に苦慮することも考えられます。北朝鮮問題に関しては、日本は主役の座を離れているので、北朝鮮とアメリカのリーダーが変わらなければ、現在の状態が続くと見られます。
いずれにしてもトランプ候補が再選した場合、日本はアメリカ以外と関係強化を模索しなければならないと考えられます。
②バイデン候補が勝った場合のメリット、デメリット
バイデン候補が勝った場合は、民主主義と自由貿易をコアな価値観として国際協調体制を立て直して、その中でアメリカがリーダーシップを果たすことをめざすと見られます。
バイデン候補の対日政策は、日本などの同盟国や多国間の枠組みを重視するというスタンスであり、日本に通商面で要求することがあるにしても、TPPなどの枠組みの中での要求に変わると考えられます。
中國に対しては、中国の不公正な貿易慣行に対し、同盟国と強調して強い立場で交渉すると見られ、日本にも同調圧力が強まりやすい状況が生まれると見られます。環境問題では、米国の環境政策は大きく変化し、トランプ政権が離脱したパリ協定に復帰し、温室効果ガスの削減を目標に、給電ステーションの設置、高速鉄道の建設、再生可能エネルギーの利用促進など、環境政策で新産業や雇用創出を目指しており、日本企業にもビジネスチャンスが到来することが見込まれます。
このようにバイデン候補が勝った場合は、国際自由主義を信奉する大統領として、G7諸国とアメリカの関係は大きく改善し、日本としても新たな首脳関係の構築に向かうものと考えられます。
この記事でのポイント
・トランプ候補を10ポイント程度上回っているバイデン候補が必ずしも有利でないという慎重な意見あり。
・選挙人の多い州が激戦区になり、その結果、選挙人の勝者総取り方式で最も選挙人を集めた候補者が晴れて大統領となる。
・トランプ候補が再選した場合、日本はアメリカ以外と関係強化を模索しなければならないと考えられる。
・バイデン候補が勝った場合は、国際自由主義を信奉する大統領として、G7諸国とアメリカの関係は大きく改善し、日本としても新たな首脳関係の構築に向かうものと考えられる。