以下、目次となります。
今年開催予定だったオリンピックが延期となった経緯
2020年3月24日、新型コロナウイルスの感染が世界に拡大する中、東京オリンピック・パラリンピックの1年程度の延期が決定し、3月30日には2021年夏に延期されることが決まりました。
世界に感染が広がる中でも当初は、「予定通り」の開催を強調していた国際オリンピック委員会(IOC)は、オリンピックの開催まで4カ月を切ったタイミングで大きな決断を行いました。オリンピック・パラリンピック史上初めてとなる大会延期が決まるまでの経緯は、次の通りです。
東京オリンピック・パラリンピックの開催がおよそ半年後に迫った2020年1月22日、中国の湖北省 武漢で予定されていた東京オリンピックのボクシングのアジア・オセアニア予選が中止されました。原因は「新型コロナウイルス」です。
中国ではその後、さまざまなスポーツの大会が相次いで延期や中止となり、日本にもその影響は、徐々に広がっていきました。国内では、東京マラソン(3月1日)が、一般ランナーを参加させずに行うことになった他、サッカーリーグは3月15日からすべての公式戦を延期することにしました。
この間、新型コロナウイルスの感染は急激に拡大し、3月11日、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、新型コロナウイルスの感染者は中国以外の各国に及び、新型コロナウイルスは「パンデミック」(世界的な大流行)になっているという認識を示し、各国に対策の強化を求めました。翌12日、ギリシャでは東京オリンピックの聖火の採火式が、観客を入れずに行われました。
この頃から、東京オリンピック・パラリンピックを予定通り開催することに疑問の声が大きくなっていきます。13日、アメリカのトランプ大統領は、東京オリンピックについて「無観客など想像できない。あくまでも私見だが、1年間延期したほうが良いかもしれない」などと、開催の延期について初めて言及しました。
オリンピック・パラリンピックの代表選考会や国際大会などが各地で延期や中止となり、また選手が練習場所を確保できないといった影響も深刻になっていきました。
3月17日、IOCは電話会議の形式で行った臨時理事会で、「大会まで、まだまだ4か月あり、今は抜本的な決定をすべき時ではない」と予定通りの開催に向けて準備を進めていく考えを確認し、各競技団体のトップとの会議でもこの方針が了承されました。この決定に、競技団体や選手などから批判の声が上がります。
「選手たちは十分にトレーニングできず、大会が開かれても不平等になってしまう」「今回の危機はオリンピックよりも大きい。IOCが開催に向けて進もうとしていることは、人間性の観点から無神経で無責任だ」などと疑問を呈しました。
こうした中、アメリカの有力紙が、相次いで延期または中止すべきと訴えました。特にワシントンポスト紙が、3月20日、宮城県で聖火の到着式が行われたことについて触れ、「世界的なパンデミックになる恐れがある感染症と戦っているさなかに、IOCと日本の当局者たちが、あたかも大会が予定通り開けるかのようにふるまっているのは無責任だ」と指摘しました。
3月24日、安倍総理大臣とIOCのバッハ会長が電話会談を行い、東京オリンピック・パラリンピックを1年程度延長し、遅くとも来年夏までに開催することで合意します。その後、3月30日に、IOCは臨時理事会で大会の延期日程を決定し、オリンピックは2021年7月23日に開幕する17日間の日程、パラリンピックは2021年8月24日に開幕する13日間の日程になりました。
来年のオリンピック開催に向けての課題
新型コロナウイルスの感染拡大のため、史上初めて延期された東京オリンピックの開幕まで7カ月余となりましたが、新型コロナウイルスの収束はいまだ見えず、「オリンピックは開催できるのか」という懸念や不安がくすぶり続け、課題も山積しています。11月15日にIOCのバッハ会長が来日し、「東京五輪の中止を議論することはない」と大会の開催を明言しました。
しかしながら、国内は新型コロナウイルスの第3波が到来しているといわれ、新規感染者数も過去最多を更新しており、西村経済再生担当相は「危機感を強めている」と述べています。
①大会開催への高いハードル
史上初めて延期された東京オリンピック・パラリンピックは、来年7月23日から17日間行われます。協議の日程と会場も決まり、組織委員会は、IOCと共同で9月には大会のコスト削減案を作成、年内には新型コロナ感染防止対策を取りまとめ、来年3月頃から聖火リレーや本番に向けたテスト大会を行う予定です。
しかし、依然として世界的な感染拡大に歯止めがかからず、多くの国で入国や渡航の制限が続いています。競技についても、柔道などはその性質上、「蜜」になるのが避けられない対人競技なので、練習ですら制限があり、多くの競技で選手の準備が思うように進んでいないのが現状です。
各競技の予選も再開できるのか、見通しははっきりしていません。来年開催できるかどうかは、感染拡大の状況、ワクチンの開発や治療方法の確立にかかっています。米国のファイザー社やモデルナ社がこの11月に、有効性が90%超というワクチンの開発を発表し、コロナ克服の現実味も出てきていますが、オリンピックの開催に間に合うかどうかは不明です。
②開催費用
パラリンピックを含めた東京大会の開催費用は、組織委員会によれば、当初スタートしたのは7,000万円でしたが、その後1兆3500億円に増大し、さらに延期によって、競技会場を確保し続けるための費用や、数千人もの組織委員会の職員を維持する人件費などが発生し、その追加費用は3000億円に上るとの見方もあります。
IOCと組織委員会、開催都市の東京都などの間での取り決めでは、組織委員会が赤字となれば東京都、そして最終的には政府が負担することとなっています。組織委員会の収入で最も大きいのは、スポンサー料の約3480億円ですが、スポンサー企業およそ80社との契約は、本来オリンピックが終わるはずだった今年12月31日で切れることになっています。
こうした企業の業績自体も、感染拡大によって影響を受けているうえ、「大会が開かれる」という確信がないとスポンサー契約を延長する判断は難しくなります。東京都や政府も新型コロナウイルスへの対応で財政は厳しい状況で、今後は組織委員会とスポンサーとの契約延長を含め、財政面での調整が大きな焦点になるものと考えられます。
③オリンピックへの依存体質
オリンピックで得た収入は、世界のスポーツ界に再配分される仕組みがあります。IOCによると、冬のソチ大会と夏のリオデジャネイロ大会を含めた2013年から2016年までの4年間で、収入はアメリカのテレビ局などからの放映権料とスポンサー料を中心におよそ6100億円に上ります。
その内90%は200以上ある各国・地域のオリンピック委員会や国際競技団体に分配され、世界のスポーツの振興やアスリートの支援に使われることになっています。こうしたオリンピックをベースにしたIOCからの分配金に、財政的に大きく依存しているところも少なくありません。
オリンピックは80年代以降、商業主義にかじを切ってトップ選手の参加を促し、巨大なスポーツビジネスになり過ぎてしまったという批判もありますが、このモデルによって、スポーツ界が財政的に支えられてきたのも事実です。
そのため、オリンピック開催の可否が世界のスポーツ界に多大な影響を与えることとなっているので、こうしたオリンピックへの依存体質から脱却し、新たなスポーツ振興の仕組みづくりが課題となっています。
④組織委員会とコロナ対策
東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会では、新型コロナウイルス対策が最大の課題となっています。
対策では、選手、観客、関係者などに分けて検討が進められ、例えば選手関係では、移動のバスはチーム1台でなく複数に分乗し、窓を開けるなど換気をして隣り合って座らない、観客向けでは売店はキャッシュレス決済のみ、観客席では大声の応援を禁止し、マスク着用を義務化か推奨する、また、選手やスタッフがPCR検査を受けることもオリンピックを安全に開催するうえで重要な要素であることなどが検討されています。
オリンピックやパラリンピックは、外国から選手をたくさん迎えることに難しさがありますが、「ウイズコロナ」時代に大会を成功させるためには、細かな対策への努力や環境づくりが不可欠となっています。
オリンピックを行うことのメリット
①平和の祭典
古代においては、オリンピックに参加するために人々は都市間の争いを中止したといわれます。
このことは、オリンピックが平和の祭典としての意義を有していたことを表しています。また近代オリンピックの祖、クーベルタン男爵は、スポーツをすることが心身の健康だけでなく、競い合う相手との友情を築き平和をもたらすとして、オリンピックが平和の祭典であることの評価を高めました。
その後、オリンピックが規模と知名度を増していくにつれて人気イベントとなり、商業化も進みましたが、その本来の姿は、世界中の若者が集い、スポーツを通じて平和な社会をつくろうという高い理念に支えられていることが特筆されます。
②雇用の増加
オリンピックの開催は雇用の増加をもたらすことが挙げられます。オリンピックの会場などの関連施設工事をはじめとして、通信設備などのインフラの整備が行われるほか、コンクリート材、鉄材、木材などの建築資材の需要も膨大な量に上り、建設業界の各方面での大きな経済効果が見込まれますが、それに伴って、大幅な雇用拡大が期待されるところです。
③海外観光客の増加
世界各国から、オリンピック開催地へと向かう観光客が押し寄せることになります。現状は、コロナ禍で海外観光客は激減していますが、コロナ問題が解決されれば、海外観光客向けの宿泊施設やお土産店などの売り上げは確実に上昇の一途をたどり、設備の増設や雇用の拡大につながることが見込まれます。
また通訳やガイドといった職業の求人も増え、資格を取得する人間が増え、専門学校の入学希望者も増加するなど、風が吹けば桶屋が儲かる式の経済効果がもたらされます。
④スポーツ人口の底上げ
オリンピックが東京で開催されるとなると、オリンピック公式種目への注目度も上がり、サッカーやバレーなど人気の種目での若年層の興味が高まってきます。「大きくなったらオリンピックに出たい」と夢見る少年少女たちが、各スポーツ教室の門戸をたたくケースが増え、将来日本のスポーツ界を担う人材が数多く育成されていくことになります。
⑤開催後の経済効果
オリンピック開催に向けて整備された競技施設や交通機関、道路設備などが、地域住民の利用に供され、便利な環境が残されることになります。また、オリンピックによって日本が海外に広く紹介され、「あの選手が活躍した場所を見たい」といったスポーツフアンや、オリンピックをきっかけに日本に興味を持った大勢の観光客が、海外からやってくることが見込まれます
オリンピックを行うことのデメリット
①治安の悪化
オリンピックは世界最大規模のスポーツの祭典です。オリンピック・パラリンピックを合わせると約4週間の間、世界各地から要人や観光客が訪れることとなります。
世界的な注目度も高いので、政治的な主張をするための活動やそれにかこつけた暴力行為、いわゆるテロのリスクが高まることも忘れてはなりません。もちろん国を挙げてテロ対策に取り組むところですが、国民全体で危機意識を共有することが大切です。
②感染症リスクの増大
現在、世界で猛威を振るっている新型コロナウイルス。一向に収まる気配はなく、東京オリンピックの開催に暗雲を漂わせています。オリンピックが開催されると、開催地に多くの人が集まります。
一般的に人が多く集まるほど、何らかの感染症に感染している人が含まれる可能性があり、人から人へと感染拡大しやすい状況になります。過去のオリンピックでは、2018年に開催された平昌(ピョンチャン)冬季五輪でノロウイルス感染が拡大し、選手に感染しました。
また2016年に開催されたリオ夏季五輪では、ブラジル国内でジカ熱が流行して参加を辞退する選手が続出するほど問題となりました。
③オリンピック不況
オリンピックを開催した国がその後、不況に陥るという話があります。
2004年のアテネ夏季五輪では、オリンピック関連施設やインフラ整備に資金を投入し過ぎたことにより、5年後に莫大な財政赤字が発覚し、「ギリシャ危機」として騒ぎとなりました。
その後EUの支援を受け、危機を脱しています。日本においても、昭和39年に行われた東京オリンピックでは、丁度、高度経済成長の真只中で、新幹線や高速道路等のインフラ整備、各種競技施設の建設、テレビの普及などが進みましたが、直後の昭和40年に「昭和40年不況」と呼ばれる経済危機が訪れています。
今回の東京オリンピックでは、当初、エコかつコンパクトに大会運営をしていくとの方向を示していましたが、ふたを開けてみれば、当初7,000億円だった予算は、施設建設費を含め3兆円を超えるまで跳ね上がっています。
「東京オリンピックが終わったら、残るのは不要な巨大施設や利用者の少ない交通インフラと、国民にツケが回る大赤字だけだろう」という厳しい意見もあります。
④会場の継続利用問題
オリンピックのためにいろいろな競技の会場が整備されますが、オリンピックが終わった後にどう利用するか頭を悩ませるケースも出てきます。
過去の開催国では、利用機会が激減して廃墟のようになってしまうこともあったといわれます。
こういう問題をクリアするためには、柔軟な対応が必要になってきます。その競技専門の会場として使っていくのであれば、競技人口の拡大やスター選手の育成、様々なイベントの開催などに力を入れていくなど、工夫が必要ですし、一般に開放してうまく使ってもらう方法等も検討が必要になってきます。
この記事でのポイント
・来年のオリンピック開催に向けての課題として、大会開催への高いハードル、開催費用、オリンピックへの依存体質、組織委員会とコロナ対策が挙げられる。
・オリンピックを行うことのメリットとしては、平和の祭典、雇用の増加、海外観光客の増加、スポーツ人口の底上げ、開催後の経済効果が挙げられる。
・オリンピックを行うことのデメリットとしては、治安の悪化、感染症リスクの増大、オリンピック不況、会場の継続利用問題が挙げられる。