以下、目次となります。
変異型新型コロナウイルス(以下「変異ウイルス」)とは
ウイルスは、「細菌」とは違って単独では増えることができません。新型コロナウイルスも人や動物の生きた細胞の中に入り込み、細胞にある材料を使って自らの複製を作らせることで増えていきます。この時、ウイルスが遺伝子に大量にコピーされます。ところが、何度もコピーを繰り返すうちに遺伝情報を受け持つRNAと呼ばれる物質の並びにごく小さなミスがが起こります。これが「変異」です。
新型コロナウイルスでは、感染を繰り返していくと2週間に1か所ほどのペースで小さな変異が起こることが、これまでの研究で分かっています。
今変異ウイルスで注目されている、「N501Y」と「E484K」というウイルスがあります。「N501Y」「E484K」変異とも、スパイクを構成するスパイクたんぱく質のうち、人の細胞表面にある受容体と呼ばれるたんぱく質と結合する重要な部位内に起きた変異です。
「N501Y」変異はスパイクたんぱく質のうち501番目にあるアミノ酸がN(アスパラギン)であるはずが、Y(チロシン)に変わっています。
「E484K」変異は、484番目のアミノ酸がE(グルタミン酸)でなくK(リシン)になっています。アミノ酸の違いで、タンパク質が変わり、スパイクの性質が変わると見られます。
「N501Y」変異がある場合、従来型より感染しやすい可能性があり、イギリス型の変異ウイルスは重症化させやすい可能性も指摘されています。「E484K」変異があると、感染しやすくなるというデータは今のところありませんが、免疫やワクチンの効果を低下させる可能性が指摘されています。
なぜ変異するのか?
ウイルスに限らず、すべての生物は生きていくために、特に新しい環境に適応するために、遺伝子を変化させています。ウイルスが宿主である生物に侵入すると、その生物体内の環境に適応するように変異します。つまり、異なる宿主を渡り歩くたびに異なる変異をすることになります。
ウイルスを殺す抗ウイルス剤は重要な薬ですが、これに痛めつけられるとウイルスも必死に抵抗し、それに耐えるように体質転換を図ります。つまり変異が起こり、変異したウイルスには、この抗ウイルス剤はもはや効かなくなります。
私達の日常でも、文字の転記ミスを犯すことは少なくありませんが、ウイルスが自身を複製する時にもこのような、いわば偶然の複製ミスを犯すとされ、大半の変異ウイルスは私達にとって無害ですが、中には有害なものもあり、前述したような「N501Y」「E484K」などがその例です。
現在の変異型ウイルスの種類
このうち、イギリス、南アフリカ、ブラジルで確認された変異ウイルスを、WHO(世界保健機関)は「懸念される変異株」と定め、監視を強めています。
種類 | 変異 | 感染力(従来比) | 重症度(従来比) |
イギリス型 | N501Y | 36%~75%高いか | 重症リスク・死亡リスクが高い可能性 |
南アフリカ型 | N501Y、E484K | 50%高いか | 院内での死亡率が20%高いか |
ブラジル型 | N501Y、E484K | 高いか | 限定的 |
別の変異ウイルス | E484K | 高くない? | 症状強くなる報告なし |
①イギリス型
去年12月、イギリスで感染者急増の中、「N501Y」変異がある新型コロナウイルスが報告されました。感染のしやすさ(伝播性)が強いとされ、イギリス政府はVOC(懸念される変異ウイルス)に分類し、VOC-202012/01と名付けました。
日本で「イギリス型」と言われるこの変異ウイルスは、武漢で見つかった初期のウイルスと比べ、23か所の変異があり、うちスパイクタンパク質での変異は、9か所となっています。
イギリス型は大阪や兵庫で感染例の7割を占め、感染者急増の要因の一つとの意見もあります。感染率は子どもも他の年代と比べ特に低くないとされますが、子どもが感染しやすいとはまだ証明されていません。
WHOのまとめによりますと、従来のウイルスに比べて、感染力は36%から75%高くなっていて、感染した場合に入院や重症、それに亡くなるリスクが高くなっている可能性があるとしています。またWHOは、数理モデルを使った解析では、感染の指標の1つで、1人の感染者から何人に感染が広がるかを示す「実行再生産数」が、従来のウイルスに比べ、41%高いと推定しています。
このイギリス型は、2021年3月30日までに130の国と地域で感染が確認されています。
②南アフリカ型
南アフリカで見つかった変異ウイルスは、正式には「501Y.V2」と呼ばれています。この変異ウイルスにはイギリスで見つかった変異ウイルスと同じく、「N501Y」の変異があります。さらにそれだけでなく 「E484K」と呼ばれる呼ばれる変異も起こっていることが分かっています。
WHOのまとめによりますと、従来のウイルスに比べて、感染力は50%高いと見られ、病院での死亡率が20%高いとする南アフリカからの報告があるとしています。数理モデルを使った解析では、従来のウイルスに比べ、「実行再生産数」が36%高いと推定されています。
2021年3月30日までに80の国と地域で感染が確認されています。
③ブラジル型
ブラジルで広がった変異ウイルスは、ブラジルから日本に来た人への空港検疫で初めて見つかりました。これは南アフリカで見つかった変異ウイルスと同じく「N501Y」と「E484K」の両方の変異が起こっています。
WHOのまとめによりますと、従来のウイルスに比べて感染力は高いと見られますが、感染した場合の重症度については、調査中としながらも、影響は限られるとしています。数理モデルを使った解析では、従来のウイルスに比べ、「実行再生産数」が11%高いと推定されています。
2021年3月30日までに45の国と地域で感染が確認されています。
④この他の変異ウイルス
これらの3つの変異ウイルスは、感染しやすくなったり、ワクチンの効果が下がる恐れがあったりするなど、ウイルスの性質が変化するため特に懸念されていますが、変異ウイルス自体はこの他にも世界中で数多く報告されています。
また、フィリッピンでは3つのウイルスと同じように「N501Y」の変異のあるウイルスが見つかっているほか、国内でも「E484K」だけがある変異ウイルスが、そしてアメリカでも新しい変異ウイルスが見つかっています。
変異ウイルスは感染者が増えれば増えるほど新たに出てくる可能性が高まるため、今後も新たな変異ウイルスが出てくると考えられています。
日本における変異ウイルスの感染状況
①感染状況
厚生労働省(以下「厚労省」という。)の集計で、変異ウイルスの感染者が2021年3月30日現在、1,200人に達していることが分かりました。前週より408人増え、増加のペースは上がっています。
厚労省の専門家組織は、「今後も感染拡大が予想される」とし、人の移動に伴って変異ウイルスが広がることを出来るだけ防ぐことを求めています。厚労省が自治体の検査状況を集計したデータによると、変異ウイルスのPCR検査は3月15~21日に全国で実施され、陽性は前週の2倍の382人で、都道府県別では兵庫県の128人が最も多く、北海道、大阪府などの上位5道府県で全体の8割を占めています。
都道府県はこれまで、新型コロナの感染が確認された人の5~10%をめどに、PCR検査で変異ウイルスかどうかを調べてきました。政府はこの割合を40%に高める方針で、PCR検査で陽性の場合、ゲノム解析で確定させます。
ゲノム解析で確定した人を年代別で見ると、40代が16%で最多となっていますが、一方10歳未満が12%、10代が11%と子どもが比較的多くなっています。国内ではこれまで、新型コロナの感染者に占める10歳未満の割合は3%、10代も7%ほどでした。
変異ウイルスは地方での拡大も目立ち、松山市では繁華街の複数の飲食店でクラスター(感染者集団)が生じ、20人以上が感染しています。札幌市のスナックでは40~80代の従業員と利用客5人が感染し、全員が変異ウイルスとみられています。
専門家は、感染力が強くなると、感染者の増え方も変わるとして、「変異ウイルスの割合が今少なくても、ある値を超えると、あっという間にうなぎ登りに広がる」と懸念を示し、改めて一人一人の行動変容を徹底する必要があると注意を促しています。
②政府の取り組み
ⅰ新型コロナウイルスの変異状況を把握するため、国立感染症研究所において、国内の陽性検体についてゲノム解析を実施するとともに、変異ウイルスのリスク評価・分析を実施
※ゲノム解析…ゲノムとは、遺伝子と染色体から合成された言葉で、DNAの全ての遺伝情報です。ゲノム解析とは、生物のゲノムがもつ遺伝情報を総合的に解析すること
ⅱ変異性のリスク評価・分析結果に応じて、次の取り組みを実施する。
ア)感染性が増していることが懸念される変異ウイルスについては、迅速に対応につなげるため。
・変異性スクリーニング(選別)を実施
自治体で全陽性患者数の40%分の検体をめどにPCR検査を実施
・変異ウイルスが確認された自治体については、可能な限り抽出割合をを上げて変異ウイルスのスクリーニングを実施
・国立感染症研究所、地方衛生研究所等においてゲノム解析を実施
イ)免疫やワクチンの効果を低下させる可能性が指摘されている変異ウイルスやその他のウイルスについても、迅速に発生状況を把握する必要が生じた場合に備え、
・国立感染症研究所において、複数の変異を迅速に検出する検査方法の開発
・国立感染症研究所においてゲノム解析を実施
などに取り組むとしています。
ワクチンの有効性
世界各国で変異した新型コロナウイルスの感染が拡大していて、開発されたワクチンが有効なのか論議を呼んでいます。開発された各ワクチン毎にみると。
①ファイザー社
アメリカの製薬大手、ファイザーなどが開発したワクチンについては、同社によりますと、ワクチンを接種した人の抗体を使った細胞レベルでの実験で、イギリスやブラジルで見つかった変異ウイルスに対しては働きを抑える効果が従来のウイルスに対してとほぼ変わらなかった他、南アフリカで見つかった変異ウイルスに対しては効果は低かったものの、十分だったとしています。
また、このワクチンの接種が進むイスラエルの研究では、発症を防ぐ効果が94%、感染を防ぐ効果も92%だったなどとする論文が出されていて、研究の対象となった期間にイギリスで見つかった変異ウイルスが流行していたことから、この変異ウイルスに対する効果があることが示唆されるとしています。
②モデルナ社
アメリカの製薬会社モデルナ社が発表した論文によりますと、イギリスで見つかった変異ウイルスに対しては、効果に目立った変化がありませんでしたが、南アフリカで見つかった変異ウイルスに対しては、抗体の働きを示す値がおよそ6分の1に、ブラジルで見つかった変異ウイルスに対しては抗体の働きを示す値がおよそ3分の1になったということです。
ただ、会社ではいずれの変異ウイルスに対しても、ワクチンとして必要なレベルは上回っていたとしています。
③アストラゼネカ社
イギリスの製薬大手、アストラゼネカとオックスフォード大学が開発したワクチンについては、オックスフォード大学などのグループが、イギリスで見つかった変異ウイルスに対しては変わらない効果がみられたという調査結果を公表しています。
また、南アフリカで見つかった変異ウイルスに対しては、効果が確認できないとする報告が出ています。
いずれのワクチンも、変異ウイルスに対する効果は、実験室での実験や臨床試験だけでは分からないことも多く、WHO(世界保健機関)はより多くのデータで詳しく分析する必要があるという認識を示しています。
この記事でのポイント
・「E484K」変異があると、感染しやすくなるというデータは今のところありませんが、免疫やワクチンの効果を低下させる可能性が指摘されている。
・イギリス、南アフリカ、ブラジルで確認された変異ウイルスを、WHO(世界保健機関)は「懸念される変異株」と定め、監視を強めている。
・イギリス型は大阪や兵庫で感染例の7割を占め、感染者急増の要因の一つとの意見もある。感染率は子どもも他の年代と比べ特に低くないとされている。
・南アフリカ型は従来のウイルスに比べて、感染力は50%高いと見られ、病院での死亡率が20%高いとする報告がある。
・ブラジル型は数理モデルを使った解析では、従来のウイルスに比べ、「実行再生産数」が11%高いと推定されている。
・ファイザー社などが開発したワクチンは、イギリス型やブラジル型に対しては働きを抑える効果が従来のウイルスに対してとほぼ変わらず、南アフリカ型に対しては効果は低十分だったとしている。
・モデルナ社がが開発したワクチンは、イギリス型には効果に目立った変化はなく、南アフリカ型に対しては、抗体の働きを示す値がおよそ6分の1に、ブラジル型には抗体の働きを示す値がおよそ3分の1になったととしている。
・アストラゼネカ社のワクチンについては、イギリス型に対しては効果は変わらなず、南アフリカ型に対しては、効果が確認できないとする報告が出ている。